「ヴィックス」
著者:asa


 それは赤と黒に彩られた光景。

 立ち上る炎。
 焼け落ちる家屋。
 きらめく白刃。
 倒れゆく罪なき領民。
 我が物顔で雄叫びをあげる者。
 簒奪したものに浮かれる者。
 弱者を斬る事に喜びを見出す者。
 幼き者の悲しい声。
 動けぬ者の嘆く声。

 倒壊した家屋の柱と梁の隙間にわずかにできた空間に、身をすくませる自分。
 狭い視界から分かるのは、守護するべき領地が焼け落ちる光景。
 逃げ惑う領民と勝者を気取りそれを追い立てる略奪者。

 赤く黒い視界の中、大剣を手に略奪者に立ち向かう男が一人。
 表情こそ見えぬが、剣を握る手が震えている。
 怒りか恐怖か、震えがおさまる事はない。
 男はあらん限りの力で大剣を振るい、略奪者を打ち払う。

 男の剣に全ての略奪者は倒れ伏す。
 そう信じて疑わず、狭い視界から男の活躍を見る自分。

 だが、この光景は必ず男の敗北で幕を閉じる。

 略奪者を切り倒すも、その数は減らない。
 やがて、男は囲まれ追い詰められ、終には略奪者の凶刃にその命を落とす。



 そして、俺は目を覚ます。



 パチパチとはじける薪の音。
 赤々と燃える炎。
 香ばしい匂いは肉の焼ける匂いだろうか。
 静かな森の中、木々に囲まれた夜営地。
「ふむ、目を覚ましたようだな」
 やや重い頭を振り、声の方を見ると神官衣に身を包んだドワーフが肉の焼け具合を見ていた。
「腹も減っているだろうが、先に白湯の方がよいかのぅ」
 ドワーフはカップに沸かしただけと思われる白湯をそそぎ、無造作に突き出す。
 カップを受け取った俺は、温度を確かめた後、ゆっくりと白湯を飲み干す。
 白湯を飲み干した後、やはり無造作に突き出された肉を頬張り、白湯をもう一杯も
らった。
 ドワーフはその間、何も言わず自分の肉を食っていた。
 人心地ついたところで、俺はドワーフに尋ねた。
「施してもらっておいてなんだが、あんたはいったい?」
 ドワーフはまるで今気づいたかのような表情を浮かべ、こちらに向き直ると自らの名を名乗った。
「ワシはドル=ヘッド。マイリーの神官を務める者よ」
 豊かなひげを揺らしながら答えるその姿は、いかにもドワーフといった様子だ。
「・・・・・・俺はヴィックス」
「ふむ、見つけた時はどうなるかと思ったが、大丈夫そうじゃの」
「・・・・・・」
 ドルの話を聞くに、この夜営地の近くに倒れているところを拾われたらしい。
「じゃが、ずいぶんとうなされておったのぅ」
「そうか・・・・・・」
「どれ、これも何かの縁じゃ。懺悔する事があれば聞いてやるぞぃ」
 胸元のシンボルを軽く掲げてみせる。
 拾われたことに対する引け目と、夢見の悪さが俺の口を軽くしたのかもしれない。
 俺は初めて会ったばかりのこのドワーフに、今までの事と繰り返される悪夢を語っていた。
 ただ、たんたんと事実だけを。

 領主の息子として過ごしていた時期。
 騎士としての叙勲を控えていた事
 領地の村が野盗の襲撃を受け、壊滅した事。
 そこに居合わせた父と自分。
 倒壊した家屋の下で動けなかった自分。
 凶刃に倒れた父。
 現実では、叫ぶことすらできなかった自分。

 もう一度、騎士として立つため旅に出た事。
 旅に出た後も、あの日の悪夢を繰り返し見ている事。

 ドルは身じろぎ一つせず、俺の話を聞いていた。
 一通り話し終えた頃には、カップの中の白湯は冷め切っていた。
 カップの中身を一息に飲み干すと、自分の手がじっとりと汗をかいていることに気づく。
 なんとなくばつが悪くなり、俺はマントの裾で手を拭う。
 焚き火の火を調節しながらドルが口を開く。
「お主が自分の無力を嘆く気持ちと、その切っ掛けはよくわかった」
 焚き火に照らされ、ドルの顔に刻まれた年輪が浮かび上がる。
「そして、お主は見る夢を悪夢と捉えておるようじゃな」
 焚き火から視線を俺へと移し、俺の瞳を見据えるドル。
「確かに現実は何もできなかったのかもしれん。だが、夢の中のお主は叫んでおる。
過去の己を悔い、それを越えんとするかのようにな」
 視線から逃れることができない俺に、ドルはさらに言葉を続ける。
「もう一度、騎士として立つ。お主はそう言ったな」
「あぁ・・・・・・ その言葉に偽りはない」
「ならば、これより先、過去の夢をお主の覚悟の表れと刻むのじゃな」
「覚悟・・・・・・」
 身じろぐ事のないドルだが、その姿に静かな迫力を俺は覚えた。
「過去を変えることは、神の手を持ってしてもできぬ。じゃが、未来ならば戦うもの
の意志で変えて行く事ができる」
 ドルはマイリーの神官らしい表現で問いかける。
「戦い、そして、変えて行きたいのじゃろぅ?」
「あぁ、俺は俺を変える」

 父の遺志を果たせるように。
 護べき民を護れるように。
 過去の自分を乗り越えるために。

 そのために必要な思いはすでに持っていた。
 だが、どこかで失いかけていた。
 過去を悪夢として遠ざけようとした考えが、その表れと言えよう。

「弱いままじゃ駄目なんだ」
 拳を握り、それを固める。
 今の気持ちを逃す事のないように。
 その様子に誇らしげに笑みを浮かべるドル。
「うむ、ワシの信じるマイリーは、戦う者を、その意志を持つ者を常に見守っておるぞ」
「俺はマイリーの信徒じゃないぜ・・・・・・」
「信徒であるかどうかなど、小さき事。神は生きて戦うもの全ての頭上におるのだからのぅ」
 どうやら神と、その敬虔な信徒には皮肉など通じないらしい。
「あんたとマイリーには敵わないな」
「敵うと思うてか? 神に挑もうとするとは見上げた男よのぅ」
 豪快に笑い飛ばすドル。
 つられて、俺も声をあげて笑った。
 あの夢を見た後に、こんな気持ちになれるとは思いもよらなかった。
 この先、あの夢を悪夢と思うことはないだろう。
 あの夢を見るうちは、力が足りない事の証とし、強くなるために戦うと決めたのだから。


 翌日、改めて助けてくれたに礼を言い、ドルとは再会を誓いそこで別れた。
 別れ際、ドルからタイデルに寄る事があれば、南風亭を訪ねてみるといいと薦められた。
 そこには、何かと頼りになる冒険者達が集まっていると言う。
 あの敬虔な神官の言う事だ、おそらく嘘はないだろう。
 強くなるために必要なら何でもするさ。
 俺は俺の望む俺になる。
 そのために歩き出す。
 騎士としての自分を取り戻し、護るべきものを護るために。