「ノエル」
著者:chesyacat


 最初の記憶は歌だった。考えてみれば、母のことを思い出そうとすると、
決まって歌っている姿ばかりだった気がする。
時に楽しそうに、時に悲しそうに、激しく、静かに、母は歌うのが大好きだった。
そんな記憶の中の一番昔、かすれてしまうことなくはっきりと覚えている光景がある。

 そこはどこかの森の中。
とても大きな木のそばでまだ少女と言っていいくらいの年齢の母が歌っている。
そのそばで近くによりそうようにして竪琴を弾く青年がいる。
ただ、残っているのはそんな優しい風景。
私はそのそばで気持ちよさそうに目をつぶるのだ。

 そのあとの記憶にその森はもう出てこない。
気がついたら、ただ町から町へと旅をつづける毎日があっただけ。
でも、私も一緒に歌ったり、踊ったり、母やあちこちで出逢った
たくさんの人たちの中ですごすそんな時間がすごく嬉しくて、
小さな私にとってはつらい長旅であっても楽しいと思っていた。
生い立ちのことから迫害されて泣くこともあったが、それでもその想いは変わらなかった。
母と一緒で私も歌うのが好きだったから。

 やがて、母が死んだ。ちょっとした事故だった。
私を残していってしまうことに母は悲しそうにしていたが、
そのころの私はもう強がることが出来たから、力強い微笑みを浮かべられたと思う。
そのとき母は今まで自分からは聞いたことのない私の父親のことを話してくれた。
それはどこにでもある悲恋の話だったのだろう。
エルフの森の族長の息子だった父との恋に落ちた母が、
父の立場を思ってまだ幼かった私を伴って身を引いたという話だった。
それを嬉しそうに語ってくれる母を見て、私はあの光景が間違いだったんじゃないと知った。

 母が死に涙を流しはしたが、私はそれでも歌うことを辞めなかった。
約束したわけではないが、ここで歌うのを辞めたら母との今までがなくなってしまうような気がしたし、何よりも歌うことが好きだったから。

 私の歌はなんでもない日常の想いを歌っただけ、
流行の英雄や伝承の詩ではなかったけど、ただそうやって歌うのが好きだったから。
タイデルの五大神の祭で、審査員特別賞という賞をもらったのはその直後のことだ。
それなりに歌姫と呼ばれたりして少し有名にもなったりして、
少しくらいいい気になってもばちはあたらないかな?と考えてみたりして、嬉しかった。
そのまま時が過ぎるのも良かったかもしれない。
それでも・・・何か私の中で引っかかるものがあった。
そう・・・「父に会いにいこうか?」

 それは、母から聞く前から、何となく思っていた事だったのかもしれない。

 でも今私は決めかねているのだ。大体の場所は分かっているのだが、
踏ん切りがつかないのだ。
今更私が会いにいっても困るだけだと思いもするし、何を今更娘として会いにいけるものか、とも思う。

 それでも、あの光景の中の二人はあんなにも優しい笑みだったから、
母の最後を伝えてあげたいという想いもあるし、
何より私も父に会いたいという気持ちもある。

 だから、結局口実なのだろう。
普段、街頭に立って歌を歌ったり、店のステージで踊ったりしている私が、
エルフの里を探すという言い訳をして、冒険者のマネごとをしているのは。

 今日もそうやって、一日が過ぎてゆく。
それでもいいかなと思っている自分もまたいるのだから。